
2023年、国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追」の歴史に新たな一頁が刻まれた。総大将を補佐し、全騎馬武者を統御する最高指揮官「軍師」の役職が、11年ぶりに交代したのである。五郷騎馬会長を務める門馬光清氏の就任は、東日本大震災からの復興期を支えた前任者の偉大な功績を引き継ぎつつ、気候変動や少子高齢化といった現代的な課題に立ち向かう、新たな時代の幕開けを意味する。
伝統の重圧と、未来への変革を担う新軍師は、何を考え、いかにして千年の伝統を次世代へと繋ごうとしているのか。門馬光清氏への独占インタビューを通じて、その覚悟と戦略に迫る。
1. 11年ぶりの継承:重圧と「未知の世界」への覚悟
Q: 11年ぶりの軍師交代という大きな節目で就任されました。まず、その時の率直な心境をお聞かせください。
門馬光清氏(以下、門馬): 11年という異例の長期政権を築かれた中島三喜前軍師は、震災からの復興期を支えた「偉大」な存在でした。その跡を継ぐということへの責任とプレッシャーは、想像を絶するものがありましたね。私自身、3歳で初陣を飾り、2023年まで連続50回の出場(子供時代を含めればそれ以上)を誇りますが、一騎馬武者としての経験と、全郷を統括する軍師の立場は、まさに「未知の世界」でした。
Q: 門馬家は相馬藩の武士に遡ると伺っています。野馬追は門馬家にとってどのような存在ですか。
門馬: 祖父の代から本格的に参戦し、息子で4代目になります。私にとって野馬追は、人生そのものです。ただ、軍師という役職は、個人の武功を競う場ではなく、総大将の参謀として、祭りの安全と円滑な進行、そして何より伝統の品格を守り抜くことが使命です。
2. 「一匹狼」から「チーム型リーダーシップ」へ
Q: 門馬軍師の就任は、かつての軍師像とは異なる「調整型」「チーム型」と評されています。このリーダーシップの変化について、どのようにお考えですか。
門馬: 私の父が軍師を務めた時代は、「下剋上」の気風が強く、実力者が1年限りで交代することが常でした。当時の軍師は「現場で指揮を執るだけ」の「一匹狼」タイプでしたね。しかし、現代の野馬追は、少子高齢化、気候変動、経済的負担など、複雑な課題に直面しています。個人のカリスマ性だけでは、もはや伝統を維持できません。
私は、各郷(ごう)に支えてくれる仲間が存在し、周囲の支持を得て就任した「調整型」のリーダーだと自覚しています。将来構想を描き、組織全体で課題を解決していく「チーム型リーダーシップ」が、この時代には不可欠なのです。
3. 伝統とデジタルの融合:YouTubeという学習ツール
Q: 伝統の継承において、現代的なツールを活用されていると伺いました。具体的にはどのようなことでしょうか。
門馬: 非常に興味深いかもしれませんが、私は他郷の儀式や手順を学ぶために「YouTube」を活用しました。軍師は全郷の行事を統括する立場ですが、一参加者としては自分が所属する「中ノ郷」のやり方しか知りません。宇多郷や北郷など、異なる地区の伝統や細かな所作を把握するために、動画サイトでの予習が不可欠でした。
これは、伝統行事の継承において、デジタルアーカイブがいかに重要な役割を果たすかを示していると思います。また、服装についても、中ノ郷以南では陣羽織が主流ですが、宇多郷・北郷では甲冑が正装です。地域間の融和を図るため、宇多郷の先輩の要望を汲み、前軍師と相談の上で甲冑姿での挨拶を選択しました。これも、現代の軍師に求められる調整能力の一つだと考えています。
4. 酷暑との戦いと「5月開催」への決断
Q: 2023年の野馬追は、最高気温35度を超える猛暑の中で行われました。その時の状況は。
門馬: まさに「酷暑との戦い」でした。私は本番の3日前から点滴を打ち、当日朝4時にも点滴を受けてから出陣しました。それほどの準備をしても、行列の途中で一時下馬し、休息を余儀なくされました。馬も人も限界を超えていました。坂本寿美氏の馬が熱中症の兆候を見せ、神旗争奪戦を断念せざるを得なかった事例もあり、もはや精神論で乗り切れる環境ではないと痛感しました。
Q: その結果、2024年から開催時期が7月下旬から5月下旬へと前倒しされました。
門馬: 本来は2025年に変更する予定でしたが、馬の死亡事故や救急搬送の多発を受け、前倒しで変更することを決断しました。これは、伝統の維持よりも、人馬の命と安全を最優先するという、苦渋の決断でした。
Q: 5月開催による新たな課題はありますか。
門馬: 大きく二つあります。一つは「雨のリスク」です。5月下旬は梅雨の走りであり、甲冑や馬具の多くは「革と漆」で作られているため、水濡れによる変形や劣化が懸念されます。歴史的な道具を守るための対策が急務です。
もう一つは「馬の活性化」です。暑さで大人しかった馬が、涼しい気候によって「元気になりすぎる」リスクです。制御が難しくなり、落馬や暴走などの事故が増える可能性があり、騎手の技量がより一層問われることになります。
5. 1000年の先へ:持続可能性への挑戦
Q: 少子高齢化が進む中で、野馬追の持続可能性についてどのようにお考えですか。
門馬: 最大の課題は「出場頭数の減少」と「若手の離脱」です。特に、少年少女騎馬の「中学生の壁」が深刻です。小学生までは参加していても、中学生になると甲冑の着用が義務付けられ、その重量や経済的負担から参加を辞めてしまう子供が多い。この規制を緩和し、より長く続けられる環境を作ることを検討しています。
また、伝統的に男性中心の祭りでしたが、人口減少が進む地域において、女性参加の拡大は避けて通れません。私は「女性の年齢制限を緩めていく」考えを示しています。伝統を「保存」するのではなく、「活用」し「更新」していく柔軟な姿勢こそが、野馬追が生き残るための現実的な適応策だと信じています。
Q: 最後に、門馬軍師が目指す未来の相馬野馬追の姿をお聞かせください。
門馬: 行列を「ただ歩くだけ」ではなく、伝令が飛び交い、騎馬武者同士が口上を言い合うような「活気あふれる行列」にしたい。参加者自身が武士としてのロールプレイをより深く楽しみ、観客にもその熱気が伝わるような、インタラクティブな祭りを目指します。


