
相馬野馬追は、千年以上の歴史を持つ伝統行事であると同時に、引退した競走馬たちが第二の人生を歩む、稀有な舞台でもある。北郷の騎馬武者、鹿頭芳光氏の愛馬は、かつて中央競馬のG1レース(皐月賞)を制した名馬「ノーリーズン」。現役時代の輝かしい実績を持つ馬が、引退後に地域の伝統行事に参加するケースは極めて珍しい。
鹿頭氏とノーリーズンが駆け抜けた10年以上の歳月は、単なる騎手と馬の関係を超え、戦友としての深い絆と、伝統を支える人々の献身的な努力を浮き彫りにする。
1. 伝説の継承者:G1馬が戦場へ降り立つ
Q: ノーリーズンとの出会いについてお聞かせください。
鹿頭芳光氏(以下、鹿頭): ノーリーズンは、引退後、南相馬の乗馬クラブを経て私の元へやってきました。G1馬が野馬追に出るというのは、本当に稀なことです。彼は10年以上にわたり、私のパートナーとして野馬追に出陣してくれました。野馬追は、引退馬の重要なセカンドキャリアの場となっていることを、彼が象徴してくれています。
Q: G1馬としての血統や気性は、野馬追の場でどのように現れましたか。
鹿頭: 取材当時、彼は25歳(人間で言えば後期高齢者)でしたが、「気の強さは現役時代そのまま」でした。特に神旗争奪戦では、隣の馬を蹴散らしてでも前に進もうとする闘争心を見せ、G1馬としてのプライドを色濃く残していました。
2. 戦闘モードへのスイッチ:人馬一体の境地
Q: 野馬追は花火の轟音や法螺貝の音、はためく指旗など、馬にとって非常に過酷な環境です。ノーリーズンの反応はいかがでしたか。
鹿頭: 驚くかもしれませんが、彼は「全く動じない」んです。通常の馬であればパニックを起こしかねない環境ですが、彼はその図太い神経で、安全な騎乗と行列での安定感をもたらしてくれました。
そして、最も感動的なのは、私が甲冑を着て馬装を始めると、ノーリーズンは自ら腹を絞って体を作り、耳を立てて「戦闘モード」に入るんです。この阿吽の呼吸は、10年という歳月が培った人馬一体の境地であり、単なる調教では得られない深い信頼関係の証だと思います。
| 特性 | 詳細 | 野馬追への影響 |
| 精神力 | 轟音や旗に動じない「図太い神経」 | 安全な騎乗、行列での安定感 |
| 闘争心 | 隣の馬を威嚇し、前へ出る気性 | 神旗争奪戦での優位性(現役時) |
| 知性 | 甲冑を見ると「戦闘モード」に切り替わる | 準備段階からの協力体制 |
| 体力 | 20代半ばでも元気だが、高齢への配慮が必要 | 行列のみの参加へシフト |
3. 364日の献身:馬を飼うという現実
Q: ノーリーズンを野馬追に出すために、残りの364日、どのような献身が必要ですか。
鹿頭: 「犬や猫とは違う」、経済的・物理的負担は非常に大きいです。
• 餌代: 月3万円以上(物価高騰の影響あり)
• 装蹄費: 2ヶ月に1回、決して安くない費用
• 管理: 朝晩の給餌、清掃、敷料(もみ殻)の確保
• 輸送: 車両維持費、燃料代
特に震災時には、餌が入手困難になる中で、避難せずに馬を守り抜きました。「復興の道を共に歩んできた」という言葉には、ノーリーズンが単なるペットや道具を超えた、戦友としての深い情愛が込められています。
4. 勇退、そして別れ
Q: ノーリーズンは、このインタビューの数日後に世を去ったと伺っています。
鹿頭: ええ。彼はその最期まで、私の手厚いケアの中で静かに息を引き取りました。高齢ではありましたが、野馬追の舞台で最後まで武士の馬としての誇りを持ち続けてくれたと思っています。
Q: ノーリーズンとの野馬追での経験は、鹿頭さんにとってどのような意味を持ちますか。
鹿頭: 彼は、私に伝統を維持することの重みと、命を預かる責任を教えてくれました。そして、引退競走馬が地域社会で再び輝ける場所があるという希望を、多くの人々に示してくれたと思います。彼の魂は、これからも相馬の地に生き続けるでしょう。

