
国指定重要無形民俗文化財である相馬野馬追は、福島県浜通り地方に伝わる千年以上の歴史を持つ伝統行事である。甲冑をまとった数百騎の騎馬武者が繰り広げるその姿は、まさに現代に鮮やかによみがえった戦国絵巻であり、地域の精神的支柱として受け継がれてきた。本稿では、相馬野馬追の起源と、三日間にわたって行われる壮大な儀式の全貌を解説する。
1. 相馬野馬追の起源:平将門公の軍事訓練
相馬野馬追の起源は、平安時代中期に遡る。相馬氏の遠祖である平将門公(相馬小次郎)が、下総国葛飾郡小金ヶ原(現在の千葉県松戸・流山付近)の牧で野馬を捕らえ、これを敵兵に見立てて行った軍事訓練が始まりとされている。捕らえた野馬を御神馬として神前に奉納する儀式は、武家の伝統を受け継ぐ神事として、相馬家によって代々継承されてきた。
明治時代に入り、武家の行事であった野馬追は一時消滅の危機に瀕するが、地元住民の熱意によって存続が図られ、現在に至るまでその伝統が守り継がれている。
2. 三日間にわたる壮大な儀式
相馬野馬追は、主に三日間にわたって行われる壮大な祭典である。
第1日目:宵乗り(よいのり)
祭りの初日は、出陣の準備と、翌日の本祭りに向けた儀式が行われる。
• お繰り出しの儀式: 相馬家の氏神である妙見を祀る相馬三社(相馬太田神社、小高神社、中村神社)にて行われる。騎馬武者たちは、それぞれの郷(ごう)から甲冑姿で出陣し、祭場地を目指す。
• 宵乗り競馬: 馬場清めの儀式が行われた後、白鉢巻に野袴・陣羽織という軽装の騎馬武者たちが、いななく馬にまたがり、疾走する。これは、翌日の本祭りに向けた足慣らしの意味合いを持つ。
第2日目:本祭り(ほんまつり)
祭りの中心となるのが、この本祭りである。
• お行列: 数百騎の騎馬武者が甲冑をまとい、旗指物を背負って隊列を組み、祭場地である雲雀ヶ原(ひばりがはら)を目指して行進する。この勇壮な姿は、まさに戦国時代の合戦絵巻を彷彿とさせる。
• 甲冑競馬: 1000メートルの直線コースを、甲冑姿の騎馬武者たちが疾走する。これは、武士の馬術と精神力が試される、最も華やかな競技の一つである。
• 神旗争奪戦: 祭りのクライマックス。花火と共に打ち上げられた御神旗を、数百騎の騎馬武者が奪い合う。これは、「神を掴む」という神聖な意味を持つ、最も激しい儀式である。
第3日目:野馬懸(のまかけ)
最終日は、野馬追の起源である「野馬を捕らえる」儀式が再現される。
• 野馬懸けの儀式: 前日に捕獲された馬を、白装束の若者たちが素手で追い込み、御神馬として神前に奉納する。この形式は江戸時代からほとんど変わっておらず、相馬野馬追の中でも最も神聖な儀式の一つとされている。
3. 伝統の継承と未来への展望
相馬野馬追は、東日本大震災や原発事故といった未曾有の危機を乗り越え、その伝統を守り続けてきた。近年では、猛暑を避けるための開催時期の変更や、少子高齢化への対応など、伝統を未来へ繋ぐための「持続可能性への挑戦」が続いている。
この祭りは、単なる歴史の再現ではなく、地域コミュニティの誇り、そして困難に立ち向かうレジリエンス(強靭な回復力)の象徴として、これからも相馬の地に生き続けるだろう。


