1000メートルの心理戦:前田聡が引退レースで掴んだ甲冑競馬の栄光と「ソラを使う」馬との格闘

相馬野馬追の二日目、「本祭り」のハイライトの一つが、甲冑をまとった騎馬武者たちが1000メートルの直線コースを疾走する「甲冑競馬」である。これは単なるスピード勝負ではなく、高度な戦略と、馬との深い信頼関係、そして何よりも騎手の精神力が試される「1000メートルの心理戦」である。

中ノ郷の前田聡氏は、長年にわたりこの甲冑競馬の最高峰「第1レース」に挑み続けた。ライバルとの激闘、馬が「ソラを使う」という現象との格闘、そして引退レースでの劇的な勝利。前田氏のインタビューから、甲冑競馬の奥深さと、武士の誇りをかけた戦いの真髄を探る。

1. 兄弟で挑んだ「第1レース」と高い壁

Q: 甲冑競馬の最高峰「第1レース」に挑み続けた日々は、前田さんにとってどのようなものでしたか。

前田聡氏(以下、前田): 甲冑競馬は、野馬追の中でも最も観客の注目を集める競技です。特に「第1レース」は、各郷の強豪が集う最高峰の戦いであり、私にとって武士としての誇りをかけた舞台でした。

Q: 長年のライバルであった我妻氏の存在は、前田さんにとってどのようなものでしたか。

前田: 同じ中ノ郷の強豪である我妻氏の存在は、常に高い壁でした。兄の敏文が馬主として支えてくれ、二人三脚で挑みましたが、何度も苦杯を舐めさせられました。彼の存在があったからこそ、私も馬も、より高みを目指すことができたと思っています。

2. 「ソラを使う」馬との格闘

Q: 甲冑競馬の難しさ、特に馬との駆け引きについてお聞かせください。

前田: 甲冑競馬の難しさの一つに、馬が「ソラを使う」という現象があります。これは、先頭に立った馬が追う対象を失い、気を抜いて減速してしまう状態を指します。

2022年のレースでは、ライバルの我妻氏を抜いた瞬間に私の馬がソラを使い、ゴール直前で伏兵に差されるという、非常に悔しい敗北を経験しました。馬は賢い生き物ですが、同時に非常に繊細です。騎手は、馬の心理状態を読み取り、最後まで集中力を切らさないように導く技術が求められます。

3. 引退レースでの劇的な栄光

Q: 2023年、引退を決意して臨んだラストレースでの勝利は、まさに劇的でした。当時の状況を振り返っていただけますか。

前田: あのレースは、私の野馬追人生の集大成でした。

•   スタートの出遅れ: タイミングが合わず、5番手からの発進となりました。

•   砂の猛攻: 前を行く馬が蹴り上げる砂が顔面を直撃し、視界も遮られるほどの痛みでした。

•   勝負所: 第3コーナーから、私は大外をまくりに出ました。直線で、長年のライバルであった我妻氏をかわすことができました。

この勝利は、騎手である私と、馬主として最高の馬を用意してくれた兄・敏文の「兄弟の勝利」でした。ゴールした瞬間、長年のライバル対決と、自分自身との戦いに終止符を打つことができた、感動的なフィナーレでした。

4. 甲冑競馬に求められる技術と精神力

Q: 甲冑競馬を制するために、最も重要な要素は何でしょうか。

前田: やはり、馬との信頼関係と騎手の精神力です。馬は、騎手の不安や迷いを敏感に察知します。甲冑を纏い、轟音の中で疾走する中で、いかに冷静に馬をコントロールし、勝利への意志を伝えることができるか。それが、1000メートルの心理戦を制する鍵となります。

私の勝利が、これから甲冑競馬に挑む若い騎馬武者たちにとって、一つの希望となれば幸いです。

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