【検証】伝統か、命か。相馬野馬追「7月→5月開催」変更の背景と新たな課題

千年以上の歴史を持つ相馬野馬追は、長らく7月下旬に開催されてきた。しかし、2024年より、その開催時期は5月下旬へと大幅に変更された。この決断は、伝統行事の継承において極めて異例であり、「伝統か、命か」という究極の問いに対する、現代の騎馬武者たちの苦渋の答えである。

本稿では、開催時期変更に至った切実な背景を検証し、新たな5月開催が野馬追にもたらすリスクと課題について考察する。

1. 限界点を超えた「酷暑との戦い」

開催時期変更の最大の理由は、地球温暖化による夏の猛暑である。

2023年の野馬追では、最高気温が35度を超える猛暑の中で行われた。この過酷な環境は、人馬双方に限界をもたらした。

•   人への影響: 新軍師の門馬光清氏は、本番の3日前から点滴を打ち、当日も点滴を受けて出陣したにもかかわらず、行列の途中で一時下馬を余儀なくされた。

•   馬への影響: 坂本寿美氏の馬が熱中症の兆候を見せ、神旗争奪戦を断念せざるを得ない事態が発生した。さらに、過去には熱中症による馬の死亡事故も発生している。

門馬軍師は、本来は2025年に変更する予定だったものを、馬の死亡事故や救急搬送の多発を受けて前倒しで変更したと明かしている。これは、伝統の維持よりも、人馬の命と安全を最優先するという、伝統行事の執行部による現実的な判断であった。

2. 開催時期変更の経緯と背景

相馬野馬追の開催時期は、長らく旧暦の行事として7月に行われてきたが、この歴史的根拠に固執することが、伝統の継続そのものを危うくする事態となった。

項目旧開催時期新開催時期変更理由
時期7月下旬5月下旬猛暑による人馬の安全確保
判断伝統的慣習命と安全の最優先2023年の猛暑が決定打
影響熱中症、馬の死亡リスク増大雨天、馬の活性化リスク増大伝統の持続可能性を追求

3. 5月開催が突きつける新たな課題

猛暑という最大の課題を回避した一方で、5月開催は新たなリスクと課題を野馬追に突きつけている。

3.1. 雨のリスクと伝統的な馬具の保護

5月下旬は梅雨の走りであり、雨天の可能性が高まる。門馬軍師は、甲冑や馬具の多くが「革と漆」で作られているため、水濡れによる変形や劣化を懸念している。

•   課題: 歴史的な道具を水濡れから守るための対策(雨具の準備、保管方法の徹底など)が急務となる。伝統的な素材と現代の気候変動への適応策が求められる。

3.2. 馬の活性化と騎手の技量

涼しい気候は、馬の体調管理という点で新たな問題を生じさせる。

•   課題: 暑さで大人しかった馬が、涼しい気候によって「元気になりすぎる」リスクである。馬の制御が難しくなり、落馬や暴走などの事故が増える可能性について、門馬軍師は警戒感を強めている。これにより、騎馬武者には、より一層の高度な馬術と制御技術が求められることになる。

4. 伝統を「保存」から「活用」へ

今回の開催時期変更は、相馬野馬追が直面する多重的な危機(震災、気候変動、少子高齢化)に対する、コミュニティの「変革への柔軟性」を示すものである。

伝統を「不変のもの」として固執するのではなく、「活用」し「更新」していく姿勢こそが、千年の伝統を未来へ繋ぐための唯一の道である。5月開催への変更は、そのための大きな一歩であり、伝統行事が現代社会に適応し、生き残るためのレジリエンス(強靭な回復力)を世界に示す事例となるだろう。

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