津波に消えた師匠への想い:坂本寿美が神旗に見た「亡き家族の証」

相馬野馬追は、千年続く伝統であると同時に、東日本大震災によって引き裂かれた人々の絆を繋ぎ直す、再生の舞台でもある。中ノ郷の騎馬武者、坂本寿美氏の物語は、震災による深い喪失と、伝統行事を通じて得られた奇跡的な再会を描く人間ドラマである。

野馬追人生の師であり、親戚でもあった菅野家を津波で失った坂本氏。一度は祭りを離れた彼が、22年ぶりに復帰し、神旗争奪戦で体験した信じがたい出来事とは。彼の言葉から、野馬追が持つ「生者と死者を繋ぐ装置」としての側面を読み解く。

1. 津波に消えた師匠・菅野家への想い

Q: 坂本さんの野馬追人生において、菅野家はどのような存在でしたか。

坂本寿美氏(以下、坂本): 私の野馬追人生は、親戚にあたる北郷の菅野長八一家に支えられていました。高校生で初陣を飾った私を、物心両面で支援してくれたのが菅野家です。私にとって、菅野家で過ごした時間は、青春そのものでした。

Q: 震災は、坂本さんの野馬追、そして人生にどのような影響を与えましたか。

坂本: 2011年の津波により、長八叔父を除く家族4人が犠牲となり、家も馬も全て流されました。私の師であり、心の支えであった場所が一瞬で消えてしまった。あまりの喪失感に、私は一度、野馬追から離れることになります。

2. 22年ぶりの復活と奇跡の再現

Q: その後、22年という長いブランクを経て、2022年に本格復帰されました。復帰を決意された理由は何でしょうか。

坂本: やはり、野馬追が私にとって、菅野家との絆を再確認できる唯一の場所だったからです。そして、2023年、叔父から借りた馬で臨んだ神旗争奪戦で、信じがたい光景を目の当たりにしました。

Q: 神旗争奪戦で、どのような奇跡が起こったのでしょうか。

坂本: 上空に打ち上げられた御神旗が、風に乗って私の元へ一直線に降りてきたのです。これは、私が高校3年生の時に初めて御神旗を獲得した時と、全く同じ状況でした。まるで御神旗が私を選んでやってきたかのように感じました。

Q: その瞬間、どのような思いが去来しましたか。

坂本: 亡くなった菅野家の家族が、「よく戻ってきた」と、私を見守ってくれている証だと受け止めました。野馬追は、単なる祭りではありません。それは、地域の死者と生者を繋ぎ、コミュニティの記憶を継承するための、「生きた装置」なのだと強く感じました。

3. 伝統の継承と未来へのメッセージ

Q: 2023年の野馬追では、猛暑の中で馬が熱中症の兆候を見せ、神旗争奪戦を断念せざるを得なかったと伺っています。

坂本: ええ。あの時の猛暑は、人馬ともに限界でした。軍師の門馬さんも点滴を打ちながらの指揮でしたし、伝統の維持と命の安全のバランスを考えさせられました。開催時期が5月に変更されたのは、未来へ伝統を繋ぐための、避けられない決断だったと思います。

Q: 最後に、坂本さんにとって相馬野馬追とは。

坂本: 「震災は大事なものが何かを教えてくれた」。野馬追は、私にとって、失ったものへの追悼であり、今ある命への感謝であり、そして、未来へ繋ぐべき地域の誇りです。甲冑を纏い、馬に跨ることで、私たちは武士の精神性を取り戻し、困難に立ち向かう力を得ているのだと思います。

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