
相馬野馬追のクライマックスを飾る「神旗争奪戦」は、打ち上げられた御神旗を数百騎の騎馬武者が奪い合う、壮絶な戦国絵巻である。この競技で30本以上の旗を獲得し、「旗獲りのベテラン」として知られる末裕幸氏の証言は、単なる力比べではない、この競技の奥義と、時代と共に変化してきた野馬追の姿を鮮明に描き出す。
旗が「自分に向かってくる」という感覚の正体とは何か。そして、かつての「ワイルド」な戦いを知る末氏が、現代の騎馬武者に伝えるべき技術と精神とは。
1. 「旗が来る」という感覚の正体
Q: 神旗争奪戦で30本以上の旗を獲得されています。旗を獲るために最も重要な要素は何でしょうか。
末裕幸氏(以下、末): 技術、経験、そして何よりも「運」です。特に、最初に打ち上げられる「1番旗」は、風の影響を強く受けるため、落下地点を予測することが非常に難しい。30本以上獲った私でさえ、最初の1本を手にしたことはありません。
Q: 坂本寿美氏のインタビューでは、旗が「自分に向かってくる」感覚を経験したという話がありました。末さんもそのような感覚を覚えることはありますか。
末: ええ、それはあります。旗が獲れる時は、馬群の配置、風向き、そして自分の位置取り、全てが合致した瞬間です。その時、旗はあたかも意思を持って、自分の元へ舞い降りてくるように感じる。これは、長年の経験と、馬との信頼関係、そして「勝負勘」が研ぎ澄まされた時に訪れる、一種のゾーンのような状態かもしれません。
2. 荒ぶる時代の記憶とルール変遷
Q: 末さんが参加されていた頃の神旗争奪戦は、現在と比べてどのような違いがありましたか。
末: かつての神旗争奪戦は、今よりも遥かに「ワイルド」でした。
• 馬上の歩行: 密集した馬の上を歩いて旗を獲りに行く猛者がいました。坂本さんの祖父もそうだったと聞いています。
• 物理的な妨害: 鞭で隣の馬をつつく、相手の鐙(あぶみ)に足を乗せるなどのラフプレーが横行していました。
• 鉄拳制裁: 旗を1本も獲れなかった日は、家での食事が普段通り(お祝いなし)という、厳しい家庭環境もありました。
Q: 現在はルールが整備され、危険行為は禁止されています。この変化をどのように捉えていますか。
末: 安全性の確保は重要です。しかし、ルールが整備されても、馬をコントロールする技術が不可欠であることに変わりはありません。むしろ、ラフプレーができない分、純粋な馬術と判断力がより問われるようになりました。
3. 旗獲りの技術論:「競馬の練習が近道」
Q: 旗獲りの技術について、これから挑む若手にアドバイスをお願いします。
末: 私は、「競馬の練習が旗獲りの上達の近道」だと説いています。神旗争奪戦は、旗が落ちてくるまでの位置取りと、落ちてきた後の馬の急停止、そして再加速の技術が重要です。これらは全て、馬を自在に操る基礎技術に裏打ちされています。
また、門馬軍師が指摘するように、5月開催になり馬が「元気になりすぎる」リスクがあります。涼しい気候で馬の制御が難しくなる分、騎手の技量がより一層問われることになるでしょう。
4. 伝統の継承と未来への展望
Q: 末さんにとって、相馬野馬追とは。
末: 野馬追は、私たちが武士の末裔であるという誇りを再確認する場です。そして、この伝統を次の世代に繋ぐことが、私たちの使命です。旗を獲るという行為は、単なる勝利ではなく、「神を掴む」という神聖な意味を持っています。この神聖な戦いを、これからも見守り、伝えていきたいと思っています。


