武士の美学を再構築せよ:甲冑、陣羽織、そして「武士言葉」に込められた品格回復の物語

相馬野馬追は、単に馬を走らせ、旗を奪い合う祭りではない。それは、武士の伝統と美学を現代に伝える、「生きた武者絵巻」である。その品格を支えるのが、騎馬武者たちが身にまとう衣装と、交わす言葉である。

本稿では、野馬追における衣装の地域差、そして前軍師・中島三喜氏によって再構築された「武士言葉」のエピソードを通じて、伝統の品格を維持・回復するための努力と、そこに込められた武士の誇りを探る。

1. 郷ごとのカラー:甲冑と陣羽織の美学

相馬野馬追は、5つの「郷(ごう)」によって構成されており、それぞれの郷が独自の伝統と役割を持っている。この地域差は、騎馬武者の衣装にも明確に現れている。

郷の区分主な衣装特徴と背景
中ノ郷以南軽装の「陣羽織」機動性を重視したスタイル。
北郷・宇多郷重厚な「甲冑」総大将(殿様)のお膝元としての格式を重んじる。

軍師は、これら全ての郷を統率する立場にあるため、郷ごとの伝統に配慮する必要がある。新軍師の門馬光清氏が、自身の出身である中ノ郷の流儀に固執せず、他郷の要望を取り入れて甲冑姿で挨拶を行ったエピソードは、組織の融和を図る上で極めて重要な調整能力と政治的判断であった。

2. 「武士言葉」の復活:伝統の創造

野馬追の品格回復において、最も大きな功績を残したのが、前軍師・中島三喜氏による「武士言葉」の再構築である。

2.1. 廃れかけた伝統

中島氏が若い頃、参加者の口調は「○○あんにゃ(兄さん)、行くべー」といった日常会話の延長であり、武士の祭りとしての厳粛さが失われかけていた。彼はこれを憂い、野馬追が持つべき「品格」を取り戻す必要性を痛感した。

2.2. 独学と講習会による再構築

中島氏は、NHKの時代劇や歴史番組を通じて、野馬追にふさわしい「武士言葉」や所作を独学で研究した。そして、それを参加者に浸透させるために、勉強会を開いて指導を徹底した。

この行為は、単に過去の伝統を再現しただけでなく、「伝統の創造」とも言える。かつて廃れかけていた口上や言い回しを、現代の野馬追にふさわしい形で「演出」し直したのである。

「全国からお客さんが見に来ているのに、なんだあの行事はと言われたくない」

中島氏のこの言葉は、観光資源としての側面と、武士としての誇りの両立を目指した厳格な姿勢を示している。行列における野球帽の着用禁止など、視覚的な美学の維持にも腐心した11年間が、現在の整然とした野馬追の基礎を築いたのである。

3. 伝統の維持と修復の努力

野馬追の美学は、決して不変のものではない。それは、中島氏ら先達の「演出努力の賜物」であり、門馬氏ら現役の武者たちの「調整能力」によって、日々維持・修復されている。

甲冑、陣羽織、そして武士言葉。これらは単なる装飾や形式ではなく、相馬野馬追という「生きた文化遺産」が、現代社会において武士の精神性を伝えるための、重要な装置なのである。

おすすめの授業